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      <title>この国ってq(。・ω・q)(p・ω・。)p</title>
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      <description>シンガポール中心ですがアジアに幅えお広げる予定</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>日用品の歴史・・・その５</title>
         <description>★ラジオ
アマチュア無線家たちはラジオ技術を先取りしていただけでなく、放送の出現を予測していました。

ダグラスによれば、一九一〇年から二〇年にかけて、アマチュアのステーションが音楽放送やおしゃべり、そして広告までも流していたというのです。

ラジオの歴史にはこうしたアマチュアのアイデアもふくまれているのでした。

今やラジオは当たり前のように日常で流れていますが、こうした歴史を知ると、また違った視点で聴くことが出来そうです。

それにしてもラジオ、AMでもFMでもやっぱり面白いですよね。

最近またちょくちょく自主的に聴くようになりました＾＾
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         <pubDate>Mon, 16 Aug 2010 13:23:35 +0900</pubDate>
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         <title>日用品の歴史・・・その４</title>
         <description>★ラジオ
マルコー二の装置が持っていたテレ(遠隔)コミュニケーションという機能からはなれて、情報を大量にまき散らすブロードキャスティングという一方的なマスメディアが出現したということです。

一方、面白いのは、ラジオ以前に広がったアマチュァ無線家たちの活動です。

スーザン・J・ダグラスは「アマチュア通信家とアメリカの放送fラジオの未来の形」(『明日のイメージ』MITプレス所収)の中で、『ニューヨーク・タイムズ』は一九一二年までに全米で一二二の無線クラブが存在すると概算していたと述べています。

「こうしたほとんどのクラブのミーティングは、前もって波長をアレンジしておき、『空中』で行われた」とダグラスはいいます。
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         <pubDate>Thu, 05 Aug 2010 13:23:22 +0900</pubDate>
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         <title>日用品の歴史・・・その３</title>
         <description>★ラジオ
ラジオ技術は、三人の人物によって発展してきました。

一人は信号ではなく、直接、声を送ることのできる三極真空管を一九〇六年に発明したリー・ド・フォレスト、また、真空管を改良したE・H・アームストロング、そしてRCA(一九一九年設立)の実業に関わったデービッド・サーノフです。

フォレストやアームストロングの発明や改良は、マルコー二の電信機とはまったく異質のメディアを生み出すことになりました。

マルコー二の電信機は一対一のコミュニケーションの装置でした。

しかし、フォレストやアームストロングの発明と改良は一つの送信機から多数の受信を可能にする装置でした。

これによって、ラジオが誕生することになったのです。
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         <pubDate>Sat, 17 Jul 2010 13:23:11 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>日用品の歴史・・・その２</title>
         <description>★ラジオ
ラジオの歴史は、イタリアのグリエルモ・マルコー二の無線電信の発明に始まります。

一八八六年、マルコー二は一五キロ離れた場所にモールス信号を打つことに成功しました。

一八八七年、マルコー二は無線電信会社を設立しました。

アメリカにも電信機を販売するマルコー二の会社が設立されたそうです。

ラジオは、アメリカで劇的な発展をとげました。

アメリカでのラジオ技術は整理してしまえば、およそ三人の人物によって発展していくことになります。
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         <pubDate>Sun, 04 Jul 2010 13:22:58 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>日用品の歴史・・・その１</title>
         <description>身近にある日用品の数々。

何気に興味深い歴史があります！


★ラジオ
これまで、電話やラジオなどの多くのメディアは、装置としてもその使用法もある程度完成された形態になってから日本に入ってきました。

ですから、そうしたメディアが誕生していく時の混乱やさまざまな発見をわたしたちの社会はあまり体験してこなかったといえます。

実際には、あらゆるメディアの理解は、その誕生に立ち会うことによって深まります。

完成されてしまった状態でラジオが入り込んできたわたしたちの社会は、ラジオというメディアの持つ意味をさほど理解しないままラジオの恩恵に浴してしまったということになります。
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         <pubDate>Mon, 14 Jun 2010 13:22:31 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title> 中国･･･黄河の水が少なくなっている理由２</title>
         <description>流域の観測所のデータによると、年間流量も、50年代には450億立方メートルあったのが、80年代には350億立方メートル、そして、90年代には240億立方メートルまで急減している。


その原因というのが、過度の取水である。


中国経済が発展し、農業も大規模化した。

その結果、黄河の水量の九割までが、農業用水として取水されるようになったのである。


黄河の水が減少すると、当然、流域の農業用水は不足する。

すると、水不足を心配して、農民が水を余計に取水し、また水量が減少するという悪循環になっている。</description>
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         <pubDate>Thu, 03 Jun 2010 14:33:02 +0900</pubDate>
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         <title>中国･･･黄河の水が少なくなっている理由</title>
         <description>中国国内では、農業が発達したため、黄河の水が年々減少するという現象が起きている。


黄河の現在の全長は5464キロで、日本列島のほぼ二倍もある。

その水は数億人の生活を支え、中国では「母親河(母なる河)」と呼ばれている。


ところが、この黄河が、最下流の山東省で、水が途絶えるようになっているのだ。


場所によってはまったく水が途絶え、目の前には河底の砂地が広がるだけという場所も珍しくない。


この「断流」が初めて見られたのは、1972年4月23日のこと。

それ以来、毎年のように断流がおこり、その区間は約700キロにも及んでいる。</description>
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         <pubDate>Thu, 13 May 2010 14:32:15 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>韓国･･･ソウルが、建設されたわけ２</title>
         <description>彼がここを首都と決めたのは、「風水」に基づいてのこと。

風水では、後ろに山があり、南の開けたところに大きな川がある盆地こそ、都市にふさわしいとされている。


実際、ソウルの周りは、北漢山などの山々に囲まれ、南の開けたところには、漢江が流れている。

風水的に「都」として、ピッタリの場所だったのである。


ちなみに、風水は中国で生まれた考え方で、のちに朝鮮半島や日本に伝わった。

日本でも、平安時代に建設された平安京は、北と東西を山に囲まれた盆地で、南の開けたところに、宇治川や木津川が流れ、ソウルとよく似た立地条件がそろっている。</description>
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         <pubDate>Mon, 03 May 2010 14:31:55 +0900</pubDate>
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         <title>韓国･･･ソウルが、建設されたわけ</title>
         <description>韓国が、1980年代に成し遂げた高度経済成長は、当時「ハンガンの奇跡」と呼ばれた。

「ハンガン」とは、韓国の首都ソウルの街を東西に流れる「漢江」という川のこと。


ソウルが首都に選ばれたのは、盆地であることと同時に、この漢江の存在が大きな決め手となった。

ソウルが首都となったのは、1394年、李成桂が高麗を倒して、李氏朝鮮を興してから2年後のことである。

当時、彼が王宮を建て城壁を築いたのは、ソウル盆地の西寄り、漢江の北にある342メートルの北岳山のふもとだった。</description>
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         <pubDate>Tue, 13 Apr 2010 14:31:33 +0900</pubDate>
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         <title>シンガポールが埋め立てるために買ったもの</title>
         <description>シンガポールは、国土が非常に狭い国である。

東京23区よりも狭いほどだが、その面積は年々少しずつ広くなっている。

といっても、土地がひとりでに生長するわけではない。


シンガポールでは、昔から国土が狭いという問題解消のため、高層マンションを建てると同時に、海を埋め立ててきたのである。


ところが、シンガポールには山らしい山がない。

つまり、埋め立てようとしても、土すら自給することができないのだ。


といえば、ゴミを利用しているんだなと思う人もいるだろう。

実際、東京湾の夢の島は、ゴミで埋め立てられている。


ところが、シンガポールは、その方法はとらなかった。

なんと、マラッカ海峡をへだてたインドネシアから、土を買っているのである。

大量の土を船で運び込んで、それで海を埋めているのだ。


水や電力を隣国から買う国はあっても、土を輸入する国は世界的にも珍しい。</description>
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         <pubDate>Sat, 03 Apr 2010 14:30:39 +0900</pubDate>
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         <title>ナイトサファリ</title>
         <description><![CDATA[シンガポールのマンダイ地区にあるサファリパーク。
『世界初の夜だけ開園するサファリパーク』。
夜だけって・・・昼も開園しとけばそれなりに儲かるでしょうし、こだわりが感じられる。
開園時間は18:00～24:00。シンガポールを訪れる観光客の人気スポットの１つ。

<a href="http://dbg-ja.com/images/464556245.jpg"><img alt="464556245.jpg" src="http://dbg-ja.com/images/464556245-thumb.jpg" width="330" height="219" /></a>

総面積は40ヘクタールにも及び、園内は8つのゾーンに分けられている。
3つのコースを歩いて回る事も出来る・・・が、トラムで解説を聞きながらも回る事も出来る。
なお、日本語ガイドが乗るトラムも運行されており、日本人観光客に好評
。 
徒歩によるコースでは「レオパード・トレール」の「オオコウモリ・マングローブウォーク」が面白いのでおススメ。
園内では120種もの動物たちを観察する事ができるが、そのうち、72%が絶滅に瀕している種。 

それぞれの動物たちが元々暮らしていた地域に近い環境で飼育されているため伸び伸びしている。

日本にもナイトサファリはありますが、
異国の地でのナイトサファリは相当楽しめるし、刺激的。
ナイトしかやってないこだわりを感じにいきましょう。]]></description>
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         <pubDate>Wed, 03 Mar 2010 18:07:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>制度</title>
         <description>シンガポールは世界的にも厳しい死刑制度を維持しているんだとか。

人口密度あたりの死刑執行件数は正確な統計がある国としては最も高い。
（世界最多はサウジアラビアか中国と言われているが、正確な数値が不明なため）。

特に、麻薬に関する犯罪に死刑が適用されるため、外国人の麻薬密売業者が死刑になる事例があり、
死刑廃止国とのあいだで外交問題に発展したこともある。
一時期は外国人でも死刑を強行していたが、最近は執行停止したり減免する傾向にある。

死刑の方法はイギリス式の絞首刑であり、死刑執行人が存在し、
死刑執行人は多忙なんだとか。
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         <link>http://dbg-ja.com/2010/01/post_16.html</link>
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         <pubDate>Sun, 31 Jan 2010 18:15:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ウェーブ・ハウス・セントーサ</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://dbg-ja.com/images/65536538568.jpg"><img alt="65536538568.jpg" src="http://dbg-ja.com/images/65536538568-thumb.jpg" width="400" height="136" /></a>

シンガポール国内で唯一サーフィンが楽しめる施設「ウェーブ・ハウス・セントーサ」がセントーサ島のシロソビーチにオープンした。
世界でまだ4つしかないというウェーブハウスでは、3m以上もの高波を発生させることができ、
サーフィンはもちろん、スキムボードやスノーボードまで楽しめる。
また、施設内にはレストランやビーチバーも併設されていて便利。
ぜひビックウェーブにチャレンジしシンガポールまで。
3メートルって、のまれちゃいそう。
]]></description>
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         <pubDate>Thu, 31 Dec 2009 16:37:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>食生活</title>
         <description>食生活は外食中心であり、シンガポール人が自炊をする事はあまり無い。
これは、以前から商業都市であり、男女関係無く毎日仕事に明け暮れるシンガポール人が多いため、自然と時間のかかる自炊よりも外食で済ますほうが好まれるようになったからだそうです。

そのため外食文化が非常に発達しており、多数のフードコートや、「ホーカーズ」と呼ばれる、大衆向け外食広場が存在している。

一部の観光客向けホーカーズを除いて、フードコートやホーカーズで提供される食事の値段は手ごろで、1食分の値段が3～5Sドル程度で済むメニューが多い。

自炊しないで働いてるって働きすぎはよくないですよぉ～。
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         <link>http://dbg-ja.com/2009/11/post_14.html</link>
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         <pubDate>Mon, 30 Nov 2009 18:16:46 +0900</pubDate>
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         <title>タクシー</title>
         <description>シンガポールのタクシーは、初乗り (1.0km) 料金が$2.50（約164円）、その後は175～210mごとに＄0.10（約7円）が加算されていく仕組みになっており、日本と比較すると料金は非常に低く抑えられている。車種は日産・セドリック（Y31型セダン）やトヨタ・クラウンコンフォートが多い。

なお、グレードの高い車種になると初乗り料金が少し高く、ヒュンダイ・ソナタは$3.00（約197円）、メルセデス・ベンツE200などは$3.20（約210円）となっている。

また、上記メーター料金以外にも、条件に応じて様々な料金が加算される。

    * ピークアワー：$2.0
    * 祝祭日：$1.0
    * 深夜および早朝：メーター料金の10～50％増し（時間帯で変動）
    * チャンギ国際空港からシティへ向かう際の特別加算：$3.0～5.0（時間帯で変動）
    * 市内中心部特別通行料：$0.50～$4.50（概算、時間帯により変動）
    * 電話予約：$2.50（平常時）、$3.50（ピークアワー）

車を持つのにかなりお金がかかる国なだけにタクシーが安いのは救いですね（笑）
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         <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 18:39:49 +0900</pubDate>
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